【リクエスト】受験勉強の進め方Ⅲ-⑲~大学受験勉強編Ⅱ-㉞<世界史 現代史㉜>~<118日目>

前回のおさらい

前回は、第一次世界大戦の元となった事件の一つであるサライェヴォ事件についてまとめました。

サライェヴォ事件から始まった勘違いの連鎖が第一次世界大戦を引き起こす要因一つになってしまったのでしたね。

さて今回は、前回の内容に引き続きロシア革命について述べていきたいと思います。

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◇現代史編第32弾~第一次世界大戦とロシア革命Ⅱ

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今回はロシア革命についてまとめていきます。

◇ロシア革命とは…?

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まずロシア革命とは何でしょうか…?

ロシア革命とは、帝政時代末期のロシアに起こった人民革命のことで、この革命は二段階に分けられて起こったものであったそうです。

ちなみに、第一段階の革命というのが、「血の日曜日」事件を契機として起こった1905年の革命のことを指し、これらを第一次革命。

第二段階の革命は、帝政を打倒して社会主義政権を樹立するに至った二月革命十月革命第二次革命と歴史上では分けられています。

今回はこの二つの段階に分けて、ロシア革命とはどういう革命だったのかについて掘り下げていきます。

◇第一次革命の契機~「血の日曜日」事件とはどんな事件…?~

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「血の日曜日」事件とは、1905年1月22日、ロシア帝国の当時の首都、サンクトペテルブルクで行われた労働者による平和請願のデモ隊に対し、軍隊が発砲し多数の死傷者を出した事件のことをいいます。

労働者は、当時のロシア皇帝であるニコライ二世に対し、労働者の権利、待遇改善、立憲政治の実現、日露戦争の停止を求める請願を実施しました。

もちろん労働者たちは、デモという行動での訴えによって解決を進めようとしていたため、武装はせず、武器などを携帯はしていませんでした。

しかしこれに対し、軍当局はデモで冬宮に向かおうとする労働者たちの行く手を軍の守備隊で塞ぎ、かつ、丸腰の労働者めがけ、コサック兵などを動員し、これらを発砲。

結果死傷者は、1000名近く出たという…

これらを境にロシア皇帝に対する民衆の信頼は、ガタ落ちし、この事件を契機として、ロシア革命を引き起こしていくようになります。

◇第一次革命の終息と第二次革命の始まり

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国民の信頼をガタ落ちさせたこの事件全国に波紋を呼び、各地で労働者のストライキなどが勃発しました。

これがいわゆる第一次ロシア革命です。

結果的には、皇帝側が「十月宣言」といった立法権を持つ国会の開設や基本的人権の付与を約束し、これは、ひとときの終息を迎えます。

しかし第一次世界大戦の予想外の長期化はロシア社会の矛盾をさらに顕著としていき、ついに1917年のペトログラードでの民衆の蜂起がロマノフ朝を打倒し、第二次ロシア革命が起こってしまうのです。

◇第二次ロシア革命の始まり~二月革命の勃発~

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1917年3月に起きたペトログラードの暴動がおこると、労働者たちはソヴィエトを組織して革命を推進していくようになります。

この流れに収拾がつかなくなってきたニコライ二世は退位。

帝政は崩壊していきました…

そして帝政ロシアの時代は終焉を迎えます…

これを二月革命(または三月革命)といいます。

そして政権の担い手のいなくなった国の実権はどうなったかというと…

臨時政府という資本家や立憲民主党がこれを持つことになりました…

◇第二次ロシア革命の終焉と社会主義国の成立~十月革命が創り上げた新たな国のカタチ~

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そうして臨時政府が樹立したことにより、当初の目的の一つであった戦争の停止(ここでの戦争は第一次世界大戦)をやっと行える…

そんな安心をしたのも束の間、臨時政府は戦争の継続を推進し始めました。

デモを起こし、これを防ごうと思っていた労働者たちは、ぽかーんとしてしまったかもしれませんが、それもそのはず…

臨時政府は、デモを起こした労働者たちは、また一線を画する存在で、先述した通り、資本家たちなどが中心でした。

労働者たちにとっては、わが身のためということもあり、戦争をしようとしない動きでしたが、資本家は彼らのように一枚岩の存在ではありません。

自分達の得をする方に動く…

資本家にとっては、これも目的の一つです。

特に戦争では物資の流通や運搬が頻繁に行われるので、資本家たちにとっては、戦争の継続をさせることは、彼らのビジネスを円滑させるためにも必要な事柄だったのです。

こういったそれぞれの思惑の差が爆発したのがこの十月革命です。

十月革命では、レーニンやトロツキーが指揮するボリシェヴィキが蜂起し、これら臨時政府を鎮圧。

臨時政府が倒されたことにより、新政府の樹立を宣言。

これにより世界初の社会主義国の成立が成されるのです…

この出来事を十月革命といいます。

◇本日の総括

では本日のまとめになります。
  1. ロシア革命は、「血の日曜日」事件を契機とした第一次革命と、三月革命・十月革命を経て社会主義国の成立をしたのが第二次革命と二段階に分けられる。
  2. 「血の日曜日」事件では、軍隊が丸腰のデモ隊に発砲し、大量の死傷者を出したことにより、皇帝に対する信頼を失墜させた事件。
  3. 第一次ロシア革命では、各地で労働者などのストライキを勃発。
  4. 第二次ロシア革命では、資本家と労働者たちの思惑の違いで起こり、資本家側の臨時政府は鎮圧される。そして、新政府が樹立。ここに世界初の社会主義国が誕生する。
以上の4点になります。

-END-

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